古い 署名

【Unsigned】   2023   595×420mm (A2 panel)   Sumi ink,ink stamps, synthetic resin paints, oil pastels, Japanese paper, etc.     Collage on panel
左・右 Collage on panel【Unsigned】墨、インクスタンプ、合成樹脂塗料、オイルパステル、和紙など 595×420mm(A2パネル)2023

 

each Collage on panel 【Unsigned】 Sumi ink,stamps, synthetic resin paints, oil pastels, Japanese paper, etc.

   595×420mm (A2 panel)2023

「古い 署名」

 

―かつてこの世に存在していたという生命の証を人はどうやって刻むのだろうか

 

他者から隠された場所で絶対的な孤独の中で

 

あなたが

自分の生きた証を残すとしたら

それはどのような方法によって行うだろう

 

そんな問いが私を捉えた

 

 

このイメージの導くまま物語が始まった

 

 

 

特別な揺るぎない記憶から立ちのぼる

 

あなたの名前(イニシャル)

想い入れのある数字

あなた特有のクセのある

ひともじ、ひとも…じ…

思い出の断片

 

それらを

ゆっくりと

印すのではなかろうか

 

あなたの手の動き

身振りの痕跡は

 

あなたを特定するものばかり

 

他者にとって

判別不能で意味を持たないものだとしても

最後の力をふりしぼり

肉筆で

印すだろう

 

 

これを読むあなた

これを書くわたし

かつてこの世にいた者たちの声を聞く

 

署名を目にする

 

現在を生きるわたしたちのもう一つの役目

 

生きた者たちの証に出会うこと

 

世の中の絶えまない11

流れる時間は海となる

 

悠久の海

潮の満ち引き

 

浜辺に光るシーガラス

 

波はかつて生きたあなたという

個性の角を取り

先祖と同じ形に磨くだろう

 

人間は自己という角を丸くして

500万年前に誕生した‘人類’に連なる

 

 

これが私の考える

署名が無署名に変わるとき

 

わたしたちはかつて生きた者たちの

古い署名を見つける旅に出た

 

 

 ■

 

 

 

 

 

私がこの制作に入る寸前に目の覚める強烈な読書体験をした

潜在意識にべたりとはりつくこの衝撃は心身に沈殿した

仕事の手を動かすと小説に登場した氏名を持たない群衆が

画面の奥底から蘇り個人的な想い出や背景を語りだす

うねりからまり声なき声を発しながら砂塵を巻き上げ通り過ぎた

 

その足跡は今回使用したコラージュの要素となった

 

・旧漢字のような文字

・記号のような記号でないもの

・雑誌の切り抜き

 

作品制作における配置、調和、比率、色彩、対比…

それらの基準を無視した散らかり、ほったらかし

そこに人がいたという使いかけの品々

頭の中を巡る様々な思考、感情、鳴りやまない雑音

 

時流に流され

海から海へと

国から国へと

 

マテリアルから想念

時流の渦と舶来品

 

ごちゃ混ぜになったパニック寸前の状態

様々な要素が新たな世界をつくりだす

それはまるでコラージュ

 

 

仕事を進めるうちに

内密だった個人の人生という署名が

無個性・無署名となる境目があることに気がついた

 

それは‘経年劣化’という時間の海に包まれることだった

 

わたしたちは放置された人工物が自然災害や気象条件によって

あるがままに風化し驚くようなマチエールを形成しているのを発見し

それらを美しいと感じる

 

それは何故だろう

 

美は新しいものや整ったもの

秩序あるもの以外にも宿るからだ

見たときに粒立つような数々のストーリーを想像し

人の手が加えられていない余白や空白に胸打たれるからだ

意図しない造形の美しさ

 

 今作それらを踏まえ以下2点を目指し制作した

 

 ①作家が意図しない造形、放置された状態にみえるようにすること

 ②頭の中を駆け巡るあらゆる想念/整理整頓されていない思考がみえるようになること

 

 

素材選びに関しては

‘和紙’でなくてはならない意味を最大限発揮できるよう努めた

 

和紙は4~5世紀に中国大陸から日本へ伝わり7世紀ごろには国内で普及したという古く長い歴史がある

 

現代でも日本の生活に深く浸透している

それは色と風合い、光沢が人に安らぎを与え古へと想いを馳せられること

自国の風土と住居環境に適した素材だからだろう

 

さらに和紙の寿命は1000年と言われる

耐久性に優れ、台帳として重宝されてきた

 

この要素は制作の要である‘時間の海’を表すことに適していると考えた

時間を閉じ込め保存し、かつて生きた者たちの生々しい署名を克明に残す

 

和紙の歴史と人間の生命の証が重なった

 

洋紙のシミやヤケといった‘経年劣化’したようなマチエールと

和紙の独自の色と風合いは合致した

 

最後に今回の制作で初めて

 

‘かつて生きた者たちの証に出会う’

 

という視点をもてた

この気づきは今後の制作に於いて影響を与えずにいられないだろう

また他者の作品を今までとは異なる次元で鑑賞することができるはずだ

 

今回わたしが和紙に付けた署名が時間の海に抱かれ

無署名として1000年の悠久を生き続けられたら…

そんな願いを抱き次の仕事に向かう

 

2023年7月

Megumi Karasawa